新渡戸が目指す「こどもまんなか」
みなさんは「こどもまんなか」というキーワードを聞いたことがありますか。子どもに関する取組みや政策を、子どもを社会の真ん中に据えて考えることを言い、常にこどもに最も良いことは何かを考えていこうというもので、今、この流れが加速しています。
これは2023年4月に「こども基本法」が施行され、「こども家庭庁」ができたことに端を発します。 新渡戸文化小学校でも従来「すべての『主語』を子どもたちに」という言葉で、「こどもまんなか」を推進してきました。 いよいよ「こどもまんなかの学校」づくりが、待ったなしになったといえるかと思います。
今回この法律の施行を受けて、長年子どもの教育へ提言を行ってきた尾木ママこと尾木直樹さんが、新渡戸文化学園が主催するトークイベント「ハピネストーク」に登場し、その意義を語りました。会は、尾木さんの穏やかな雰囲気も手伝い、終始和やかに進みました。
尾木さんによれば、今後教育現場は否が応でも変化が問われると話します。「授業のあり方は生徒参加と生徒主体の授業へ変わり、一斉教育も個別教育になる。学校行事も、例えば、四肢が不自由な子どもも含めて、どんな子どもでも楽しめる、そして、生徒主体の行事になっていきます」(尾木さん)。子どもは元来「大人になるための子どもではない」(尾木さん)という前提に立ち、世代間の垣根を越えて「子どもと大人のパートナーシップ」がより重要な時代が訪れると強調します。
教育現場の問題はいまだ山積
今年施行された「こども基本法」は、子どもの権利擁護や子ども施策の総合的推進を目的とし、「差別の禁止」「子どもの最善の利益」「生命、生存及び発達に対する権利」「子どもの意見の尊重」という「子どもの権利条約」の4つの原則を踏まえた基本理念を掲げているものです。
一方、こども基本法を後押しした「子どもの権利条約」は、今から30年以上前の1989年に国連総会で採択されています。「世界中すべての子どもたちがもつ権利」を定めた条約で、日本は1994年に批准した158番目の批准国です(ユネスコHPより)。「日本は今年こども家庭庁などの動きに繋がるまで、29年間、何もしてこなかったと言えます。その間も国連から4回も是正勧告を受けているにもかかわらず、です」(尾木さん)。
その結果、今日、教育現場だけを見ても子どもの周りには問題が山積しているといいます。いじめ、自殺、体罰、ブラック校則、不登校、受験競争、教育格差、教師不足や質の低下、メンタルヘルス、外国ルーツの子どもへの差別、など枚挙に暇がないといいます。例えば、受験競争の問題一つとっても「教育虐待といえるし、『競争を煽る受験市場をなんとか是正しろ』と何度も国連から言われているにも関わらず、日本政府は返事もしなければ見解も示していなかったといえると思いますよ」(尾木さん)。
尾木さんは、そもそも子どもの権利条約に対する理解が進まなかった理由として「子どもに権利なんて教えたら、権利ばかり主張して義務を果たさなくなる」といった無理解や知識不足があったといいます。2022年にセーブ・ザ・チルドレンが教員向けに取ったアンケートを紹介し、教員の約3割が「子どもの権利条約」について知らない(まったく知らない/名前だけ知っている)と回答したことに言及し、新任の先生が子どもの権利を知らずに社会や学校に出てしまっている現状を憂慮しました。
日本の学びは子どもの自己肯定感を低くする
イベントに参加した先生や親御さんからは切実な声も聞かれました。例えば、受験について。小さな頃から子どもに過度な競争を強いることはよくないと思っていても、周りの環境を見て焦ることもあるという親御さんの気持ちも理解できます。
そんな親御さんに尾木さんは優しく答えます。
「恥ずかしいことだと思いますが、我が国は学歴社会です。どの大学の何学部を卒業したかが、プロフィールの最初に来ることがその証左ですね。プロフィールは、『学習歴』になっていくべきですし、そうなっていくはずです。そうなったときに、今子どもが目指している方向がどっちにあるのか、という目線で見てみるのが大切です。その目指している学校は、『我が子がのびのびと成長する学校か』ということですよね。この立場に立てば、100人いたら、100通りの選択肢があるはずです。
今日本がやっている受験戦争や競争を前提とした教育は、日本の学びを貧弱にしたり、子どもの自己肯定感を低くしたりする方向です。他人との比較や他者からの評価の中で生きる子どもを生み出しています。学校選びは、偏差値だけ、そこに学校の校風や目指すところは加味されておらず、こうしたことは絶対やめるべきですし、日本の教育をダメにしていると思っています。
経済力を背景にした競争力を廃止するというのが、グローバルスタンダードです。偏差値が高く誰もがうらやむ大学に子どもを入学させることに執心したり、プレッシャーを感じたりする親御さんの気持ちも分かります。でも、今私たちから変えないとダメです。偏差値より、自分の子どもが、その特徴を持って学校を選ぶという選択を応援してあげましょう。塾の圧力に負けないでくださいね!」
信じるのは、子どもの成長と変化
さらに、「子どもに任せる」「子どもに決定権を持たせる」といっても、簡単にはできない、という教育者からの質問にも「そうですよね」と優しく受けとめながらも、「でもね」と続けます。
「信じるポイントが大事なのです。『今目の前の子どもの現状』を信じるのではなく『この子は成長する、変化する』ということを信じ続けることなのだと思っています。僕が信じたいのは、どんなに荒れていても、どんなに大変な子どもでも『ここからあなたは脱出できる』ということです。
そのためには、親も変わらないとだめです。勝手に変わるのを待つのではなくて、親が変われば子どもが変わります。僕が教員だったときによくやったのは、『1週間でいいから、怒鳴ったり、指図したりするのをやめてもらえますか』という親御さんへの提言です。そうすると、子どもはガラッと変わることが少なくない。
子どもは親の変化をよく見ています。信じられる人なのかどうか。子どもが何かを言ったら、「どうしたの」と、この5文字でいい、聞いてみてあげてください。子どもに弁解する時間を与えてください。大変だったね、と共感して相づちをうってみてください。今日からこれを始めるだけで、明日から子どもはどんどん変わるはずです」
国や自治体の施策はもちろんのこと、学校で、家庭で、「こどもをまんなか」が、実際の取り組みとして進むとよいなと思います。
執筆:染原睦美
見出しイラスト:目黒雅也