3年生が作った運動会のはなし
こんにちは、新渡戸文化小学校note編集部の染原です。
東京では5月〜6月にかけて運動会を実施した学校も多かったのではないでしょうか。新渡戸文化小学校でも毎年この時期に「スポーツデイ」と呼ぶ運動会を実施します。
私たちの、私たちによる、私たちのための運動会
5月27日に低学年と高学年に分かれて実施したスポーツデイは、例年とはちょっと様子が違いました。午前中に実施した1〜3年生の低学年の部。先生たちが座る「本部」と呼ばれる席には、緊張の面持ちの3年生が座っています。1人はマイクを握り、また別の子は原稿をひしと握りしめています。iPadを見つめる子も今か今かと音楽を鳴らす瞬間を待っているようです。そして、9時、マイクを握る女の子の声で、スポーツデイが始まりました。
実は、今年の新渡戸文化小学校のスポーツデイ低学年の部は、3年生が自分たちで運営していたのです。文字通り、「私たちの、私たちによる、私たちのためのスポーツデイ」。1〜3年生で取り組む種目を決めるのも3年生、種目ごとにかける音楽を決めるのも3年生、全体の運営を滞りなく実行する全体の管理・企画担当も3年生、当日の司会も3年生。スポーツデイのいわば実行委員を3年生が担ったのでした。
新渡戸文化小学校では、探究学習を進める一環で「プロジェクト科」という取り組みを進めています。具体的な「プロジェクト」を設定し、それを進める上で、子どもたちの学びを深めていくというもの。1〜2年生では「生活科」の一部として少しずつ、3年生からは本格的に「プロジェクト科」の取り組みが始まります。その3年生が、新3年生になった直後の4月から取り組み始めたプロジェクト科の題材がスポーツデイだったのです。
さあ、500人をどうやって幸せにしようか
3年生になって間もない4月中旬。3年生でプロジェクト科を担当する山手俊明先生が、3年生の2クラス、58人を集めて言いました。「今年はみんなでスポーツデイを作っちゃわない?」。
「イエーーイ!」となるかと思いきや、張り切る先生を横目に、子どもたちの反応は様々。きょとんとする子どももいれば、「先生、勝手に行事つくっちゃっていいんですかー?許可もらったのー?!」となんだか盛り上がる子どももいます。
スポーツデイに必要な役割も自分たちで考える
山手先生はみんなの反応をよそに、どんどんと盛り上げていきます。「新渡戸の目標は、ハピネスクリエイターだよね?幸せをつくるひとになれるように、スポーツデイをつくっちゃおう!」「みんなと話すと意見って広がるよね?だから、『みんなで』一緒に作っていこうね!」「スポーツデイに関わる人は、500人以上!子どもも、親も入れた人数だよ。この人たち全員を幸せにできたら最高じゃない?!」
先生からの前振りもそこそこに、早速取り組みを開始します。「スポーツデイをつくるためには、どんなことをやる人が必要?」というテーマで、皆で付箋をペタペタ貼っていくところから始めました。どんどん書いていく子、つまらなそうに鉛筆で遊んでいる子、友達と相談しながら進める子、ここでもまだ子どもたちのプロジェクトへの関わり方は様々です。
「全力で走る!」「コミュニケーションをする人」「最後まで仲良くする」「自分だけじゃなくて、みんなも楽しくする係」。担当と呼べるものだけではなく、意気込みのようなものまで出てくるのが、この年齢の想像力。書いた付箋は、教室前方の大きなボードに子ども自ら貼っていきます。貼るときのルールは、自分が書いたものと似ているものの周辺に貼ること。どんどんカラフルな付箋が並んでいきます。ここで1回目の授業はタイムアップ。2回目の授業に続きます。
どの役割も3年生の理想のスポーツデイに欠かせない役割
第2回目は、みんなが書いた付箋を先生たちがさらに整理して持ってきてくれました。皆が書いた付箋をベースに、先生がおおよその役割として、チーム分けをし、それぞれの担当を決めます。
「たてわりきょうぎづくりチーム」「アナウンス・音楽チーム」「全体企画チーム」「プロモーション・デザインチーム」「1、2年生感動チーム」など全部で6チーム。すべてが、3年生自らが必要と考えた役割から導き出されたチームです。先生が1つひとつのチームの細かい役割や、その役割でどんな「12の学習者像」を目指したり、チャレンジできたりするかを説明してくれました。
それぞれのチームのおおよその定員も説明した上で、「さあ、やってみたいものを教えて!」のお待ちかねの時間。皆それぞれがやってみたい役割に一目散に名前を書きに行きます。
「私には、好きなものが、たくさんあるから」
皆が、自分の「好き」「やってみたい」、得意じゃないけど「チャレンジしてみたい」の気持ちで、入りたいチームに名前を書いたあと。1つのチームが大幅に定員オーバーしてしまいました。iPadを使えることに惹かれたのか、「プロモーション・デザインチーム」がダントツの人気を集めたのです。
そこで先生が、皆に問いかけます。「ほかのチームでもいいなと思える人は、別のところに調整してもらえるかな?」。すると、誰からともなく、わらわらとホワイトボードの前に子どもたちが集まり、自分の名前を別のところに書く子が出てきました。ある女の子は私のところに寄ってきて、こう言いました。「ほかにも好きなことがあったから、別の係にしたの。好きなこと、いっぱいあるから」。別の仲良し2人組の女の子も「二人で一緒になりたかったけど、分かれよっか!」と決めて、分かれていました。
ともするとじゃんけんで決めがちなこうしたプロセスも、子ども同士で自律的に決めている姿に、大人が驚きました。自分の「好き」や「やりたい」を広げたり、どうしてもやりたいと話す友達のことを思って別のところにずれたりといった民主的な方法を自ら編み出す子どもたちに脱帽。終わってみれば、ほぼ想定通りの定員に子どもたちだけの力で落ち着いたのです。山手先生はいいます。「この瞬間は、今回のプロジェクト科のハイライトと言える瞬間でした」。
ギリギリまでブラッシュアップし続けた子どもたち
その後、スポーツデイまで4回程度の「総合学習」の時間を使って、チームごとの検討が始まりました。印象的だったのは、企画チームの動きです。「この競技の前には、2年生がこういう動きをしなきゃいけないかな?2年生に聞いてくる!」など、まさに全体の動きを把握しながら、臨機応変に「企画」し、動いていたこと。様々なチームが非同期で動いていることを認識しながら、そこに企画チームが自ら同期していこうと動いていたのです。
3日前に実施したリハーサルも、真剣そのもの。想定していたアナウンス原稿を実際に読んでみると「ここで一言入れないと、みんなが動いてくれないよ!」「ここで音楽必要じゃない?」など、当日の様子を想像しながら、子どもたち自らが微調整を加えていきます。
「成功」ってどんなイメージ?
スポーツデイ前日。山手先生は、皆にこう問いかけました。「明日のスポーツデイ、どんなスポーツデイになったら『成功』っていえるかな」。ある子どもがこう答えたと言います。「1年生が、スポーツデイを終えて帰るとき、『来年もスポーツデイが楽しみだなあ』と言ってたら、成功じゃない?!」。1位になりたい、玉入れを頑張りたい、もちろんそんな意見もあってよいですが、1年生の幸せを願いながら運動会に挑む3年生の姿は、どこででも見られるものではないのではないでしょうか。
そして迎えた当日。いつもとは違う、緊張した面持ちの子どもたちがいました。「速く走れるかな」「楽しいかな」といったドキドキよりも、「自分たちが作ったものがうまくいくかな」という気持ちでいっぱいです。「当日の私の気持ちとしては、とにかく、全力でやれるように、もっといえば全力で失敗できるようにさせてあげたい、という気持ちに近かったと思います。成功させてあげようと思うと、先回りしてしまいますし、正直、うまくいくように、という気持ちもありませんでした」(山手先生)。
本番に近づくほど、先生たちは「後ろに下がる」
グラウンド上にいる多くの先生たちは、ニコニコと3年生を見守っています。山手先生は言います。「先生たちが焦せっていない運動会を、教師生活11年で初めて見ました(笑)。逆に、子どもたちが緊張感を持っている。例えば、一般的な運動会では競技の前に必ず、誰かが揃っていない、ということが起きるんです。『●●くんがトイレに行っていていませーーん!』といった感じで。それが一度もなかったことに驚きました」。
自分たちですべてを把握し、把握していない子どもがいても児童同士で教え合っている。自分たちで自律的に動くことで、人任せになっていることがなかったと言います。「スポーツデイが近づけば近づくほど、僕らはどんどん後ろに下がっていき、子どもたちが前に出ていってくれる感覚でした」(山手先生)。
閉会式では、さらに、3年生からサプライズがありました。1年生と2年生に対して、3年生から折り紙で1つひとつ作ったオリジナルの「メダル」のプレゼントがあったのです。
これももちろん、3年生が考えたアイデア。「1、2年生感動チーム」が考えた施策です。誰に渡すかは決めておらず、3年生が自ら1-2年生のもとに寄っていき、手渡しをします。「頑張ったね」でもあり、「私たちのスポーツデイに参加してくれてありがとう」でもありました。渡す3年生は誇らしげに、もらう1、2年生は驚きながらも嬉しそうな顔。なにより、新渡戸のビジョンでもある「しあわせをつくるひと」になれた3年生の弾ける笑顔がそこにありました。
スポーツデイが終わった翌週、振り返りをした3年生の顔にも自信がみなぎっていました。印象的だったのは、授業で「楽しめたこと」「ハッピーにできたこと」「できるようになったこと」「全力出し切れたこと」を付箋ではってみよう、と話したときのこと。「うまくいかなかったことも書いていい?」と話した子がいました。聞くと「ふざけている男子を注意しちゃって、けんかしちゃったことを、次はもっと頑張りたいと思ったから…」とのこと。振り返りをする中で、自ら「どんなポイントで振り返りをするか」というカテゴリーまで自分たちで考えられるとは思ってもおらず、驚きました。
新渡戸文化小学校のプロジェクト科全体をリードする栢之間倫太郎先生は、「子どもたちのほとんどが、自分の仕事が何なのか、そこから何を学べたのか、反省は何か、を自分の言葉で語れたのは、想像以上に大きな成果と感じました」と話します。
子どもたちの感想も様々。応援団に手を上げた吉野さんは、「勉強は苦手だけど、たまたま声が大きいので、やれるかなと思ってやった。緊張したけど、『みんなが応援しあって、誰も悲しまない運動会にしたい』というのが僕の目標だったので、それは叶えられたような気がする」。
当日のアナウンスを担当した梅田さんは、「目の前の状況を見ながら、実況を考えたり、変えたりするのが大変だったけど、みんなを楽しませるのが目標だったので、半分くらいの出来かな。言葉が詰まっちゃったりもしたけど、それなりに頑張れたと思う」。
全体企画チームの、川村さんは「1年生から3年生まで、みんなが自信をもってできるような運動会にしたかった。企画の段階で、1年生の先生や2年生の先生に、低学年のみんなが楽しんでくれるように、どんなことをやってほしいか、を伝えたりするのが一番難しかった。伝えるって、本当に大変で、でもそこが一番頑張れたところな気がする」。
行動できることの素晴らしさを分かち合いたい
課題も少なくありません。プロジェクトとして、先生や子どもたちの進捗状況をお互いが見られるような「見える化」はまだまだ足りませんでした。その結果、各々のチームごとの活動になったフェーズでは、チームによっては何をやったらよいかがうまく見つけられず、中だるみに繋がってしまったチームもあったように思います。
それぞれのチームが今、何をやっていて、次は何をするのか、といったことを掲示するなどの工夫があれば、ほかのチームのことも見え、また、自分のチームの「次のステップ」が見える。スポーツデイまでに何をやるか、だけじゃなくて、毎回のスモールステップが見える化することで中だるみがなくなりそうです。
山手先生は言います。「今までの多くの授業が、『何を身につけるか』とか『どれだけうまくできるか』みたいなことに意識がいきがちだったと思っているんです。でも、何かがうまくできるできないよりも、まずは、行動できること自体の素晴らしさや、なぜやりたいのかという目的、どうありたいのかというビジョン、といったものを一緒に見つけたり、共に分かち合ったりしながら取り組んでいくのが、新渡戸らしいプロジェクト科かなと思っています」。
子どもたちがどう動くかももちろん、先生たちにもまだまだ課題は多いと言います。「何を探求してほしいのか」については、今回はあえて広めに設定したとのこと。結果として、子どもたちがのびのび自分たちの方向性でやりたいことを大いにできたことも事実。一方、「どこまで『学びの焦点を合わせるか』は、まだまだ強弱の付け方があると思いますし、それを先生たち同士で1つひとつのプロジェクトごとにしっかり目線あわせすることも大切だと思っています」(栢之間先生)。例えば、「目的を見すえて良い議論をする」とか「スケジュールを見て逆算する」といった「これを学んでいこう」と、ぐっと焦点を絞る作業だといいます。
「逆に焦点を絞ることで学びの深まりと広がりが生まれることもあると思います。『今回のプロジェクトではどのくらい焦点を定めるか』と悩むことは教師側にとって必要な作業だと今回改めて思いました。プロジェクトベースドラーニングの文脈でよく言われる『綿密な計画とおおらかな伴走』のポイントでもあるのかもしれません」(栢之間先生)。
新渡戸の低学年のプロジェクト科はまだまだ続きます。実は、既に夏休みに3年生が行く2泊3日のキャンプでも進行中とか。今回は、スポーツデイという枠組みは決まっていたものの、枠があるからこその良いところも課題もあったといえるはず。今後は、自らの探究心を追いかけることができる「1人プロジェクト」なども進めていきたいといいます。
夏休み前にして大きなプロジェクトを終えた3年生は、もう自信たっぷり。次の「プロジェクト」がどんなものになるか、今から楽しみです。
取材・執筆:染原睦美
写真:山手俊明、染原睦美