教室も職員室も両方大切、だからMBTIを導入した
新渡戸文化小学校の先生に話を聞いていると、多くの先生たちが口にすることがあります。「新渡戸は職員室が最強」「とにかく『いいね!』で物事が始まる」。新渡戸は、とにかく先生たちの雰囲気がいい、先生たち同士が信頼しあっている。それを先生たち自身が口にする場面を多く見てきました。
「学校では、教室が大切であることは当然ですが、教員にとって学校は『職場』。その雰囲気が良いことは、働く社会人として当然大切にしなくてはいけないことだと思っています」。そう話すのは、遠藤崇之校長補佐。今回は、新渡戸が先生たち同士の関係性をよりよいものにすべく取り組んでいることについて、ご紹介します。
他者理解をするための自己理解
新渡戸文化小学校では、4年前より、MBTI(エムビーティーアイ:Myers-Briggs Type Indicator)を導入して教員同士の人物理解をより深く進めています。MBTIとは、性格検査の国際規格の名称。ユングの心理学的タイプ論の考えをもとに開発された検査です。「ものの見方(感覚・直観)」「判断のしかた(思考・感情)」「興味関心の方向(外向・内向)」「外界への接し方(判断的態度・知覚的態度)」の4指標で、16タイプに分類します。
「こころの利き手」を探すための検査と言われ、自分の思考や行動の癖のようなものを理解し、相手のそれも理解することによって、人間関係の構築などに活かしていくためのツールです。いくつかの質問に回答し得られた結果と、そのあとに認定ユーザー資格者と実施するワークによって自身のタイプを見つけ出していくことに特徴があります。
「昨今、MBTIと検索すると『16 personalities』という性格診断がヒットしますが、MBTIとは別物です。MBTIは性格診断ではなく、いくつかの質問項目に答えて”結果”が出るものでもありません。半日以上かけて自分にとって本当にしっくりくるタイプを『探究』するプロセスを通じて個人の認知スタイルを理解していくものです」(遠藤校長補佐)。
遠藤校長補佐は、心理学、特にMBTIの基礎となるユング心理学に興味を持ったところから、MBTIの認定ユーザー資格を取得。それを新渡戸で昨年からすべての教員に実施しているといいます。
自己理解や他者理解のツールは世の中に数多く存在します。会社勤めの方であれば、ストレングスファインダーやビッグファイブは有名なツールの1つかもしれません。「ストレングスファインダーなど含め、いろいろなツールを試しましたが、僕自身が一番しっくりきたのがMBTIだったのです。自分を知る以上に、相手を知り自分との組み合わせによって、補完関係を作ったり、コミュニケーションを変えたりといった、MBTIをベースにコミュニケーションすることで、強い組織を作れるイメージを持てました」(遠藤校長補佐)。
民間企業出身の遠藤校長補佐は、自身が一般企業で働いている頃にMBTIに出会い、2019年に認定ユーザー資格を取得。2020年に杉本竜之校長に許可を取り、希望者の教員で実施しました。「全員が受けたわけではなかったのですが、受けた人には確実に届いているという実感を持てました。ワークをやりながら、相手の考えを知ったり、考え方の違いを学べたりすること自体が相互理解に繋がって楽しいんですよね。実際に気心の知れた先生同士でやると、盛り上がりますし、満足度合いも非常に高かった。一方、組織づくりにどこまでつながるのかというのは未知数でした」(遠藤校長補佐)。
変革期を乗り越えるために必要だった教員の組織づくり
2020年は、特に新渡戸が変革期を迎えていた時期。組織を強くすることは、タイミングとしても必然性がありました。変革期の新渡戸では、新しいことを始めようとする動きが日常茶飯事。先生たち同士で議論をする中で、コンフリクトが発生することも少なくなかったといいます。先生同士の関係性向上や教員のための組織づくりは、ともすると学校では蔑ろにされることも少なくないかもしれません。一方、新渡戸は変革期にあって、それなくしては前に進めない。その状況が、組織力向上の必要性を後押しした形でもありました。
「たとえば、議論を始めようと頑張って準備をしてきたファシリテーターに対して、『そもそも前提が違う気がする』と議論の前提に疑義を呈してくる人。逆に、議論の間はあまり話さないが、最後の最後で議論の過程をすっ飛ばして『本来あるべき姿はそうではないのではないか』とひっくり返す人。でも、そんなときに相手のMBTIを知っていることで、『自分の利き手』ではなく『相手の利き手』で、相手の発言の意図を理解しようと努力できるような雰囲気が徐々にできてきました」(遠藤校長補佐)。
例えば、自由のための規律を話したとき。「そもそも規律をつくる目的の設
定が間違っていませんか?」と話した本村凜先生は、ENTPです。
「本村がこう言ったとき、ともすると『せっかく議論を始めようとしているのに出鼻をくじくのか...!』と怒りたくなりますが、『本村先生は、T(Thinking=論理思考)だから、出鼻をくじきたいわけではなく、しっかり筋が通っていることに納得してから始めたいんだよね』と考え、丁寧に前提をすり合わせていこう、という雰囲気になります。最近では、もう本村のこうしたカットインは、彼女の十八番のようになってきていて、本村が切り出すとほかの教員が、『お、いつもの来たね!』と盛り上げようとする雰囲気すらできてきているほどです。あくまで相手の『方法』が違うのだということを認め合いながら議論を進めることができるようになってきている気がします」(遠藤校長補佐)。
沼尻淳先生も同じように感じていると話します。「会議や議論の過程で、同僚たちが『ぬまちゃんはそういうタイプだもんね』と理解してくれることで、心理的安全性を得ることができています。特に、僕はISTPというタイプなのですが、その強みである問題解決力は、会議の中で解決策を考えていく上で活かすことができるので、会議の中での自分の役割を自分も相手も分かったうえで、役割を担えるという自己効力感にも繋がっている気がしています」。
新渡戸は学年担当制を取っており、学年には学級担任に加え、1〜2人の学年担任がつきます。学年担任同士のチームワークにもMBTIが寄与しているというのは5年生の担任の鼻﨑吉則先生です。「5年生メンバーの共通項はNだから、基本的にみんな自由にやりたいタイプなんですよね、といった話を気軽にできたり、『J(判断的態度=Judging)の3人が工程管理は預かるから、ENFPの彼女には自由に発散してもらおう』と考えたりといったことがチームで可能になっています。学年担任の中でも守備範囲のイメージや役割立てをしやすく、それによって現状の5年担任の4人のメンバーはそれぞれのポジションを活かして、チームとして機能している気がします」(鼻﨑先生)。
もともと教員の自己理解とそれを通じた教員を中心とした他者理解のために導入したMBTIですが、今では子どもと接するときにも役立っているという教員さえ出てきているといいます。
子どもに対峙するときにも意識する
4年生を受け持つ橋本理祈矢先生は、「MBTIによって自分のタイプを意識するようになってから、子どもと接する際に、局面や状況に応じて、自分の特徴を足し算引き算できるようになりました」と話します。
橋本先生のタイプは、INFP。物事の判断に「感情」を優先して使うタイプです。例えば、クラスのルールについて話をする時は自分自身の「感情に寄ってしまう」という特性を引き算して敢えて論理的に話してみる。一方、クラスの雰囲気の話をする時は感情的に話してみるといったことをしているといいます。「ルールの話をするときに『こういう思いがあるから、こうして欲しい』と伝えることも大事ですが、『こういったメリットがあるからこうしていきたい』と伝える方が子どもたちに分かりやすい気がしています」(橋本先生)。
例えば、教室の机の横についているフック。両側についているため、子どもがどちらかを任意で選んで、そこに給食セットなどをかけていました。ただ、授業で机の間を歩く時や、子どもたちの動線を考えると、統一されている方が、誰かがぶつかって落ちることもないし、どこを通った方がよいかが明確になります。「こういうときは、落ちたら落とされた人がかわいそうだよね、といったことではなく、利点と意図を伝えた方が入りやすいと個人的には考えています」(橋本先生)。
自己理解が進めば、自分の特徴を客観的に捉え、教員同士や子どもとのコミュニケーションがスムーズになります。相手のタイプが分かることで、さらに自分との考えや物事の捉え方、判断の仕方の違いに考えを巡らせることができ、これもまた信頼の土台を創ることにも繋がります。
もちろん、MBTIで相手のすべてが分かるわけではありませんし、何よりMBTI自体が、相手を決めつけるものではないと定義されています。また、MBTIはあくまでツールであり、MBTIを使わずとも、もっといえば特定のツールに頼らずとも、自己理解や他者理解の取り組みはどの集団においてもできるはず。
相手を知ろうとする、それによって、よりよい議論が生まれ、よりよい教室をつくることに繋がっていく。そうした取組みを継続的に続けていることこそに、新渡戸らしさが現れているともいえます。教室だけではなく、職員室だって大切な学校の一部。その雰囲気はきっと子どもにも伝播するはずです。
執筆:染原睦美
【変更履歴】公開当初MBTIの図に一部誤りがありました。修正して公開済みです。(2024年11月14日9:45)