子どもたちがつくった「好きな服を着てくる日」
その日の新渡戸文化小学校は、なんだかいつもと違いました。目に入ってくる色、子どもたちや先生たちの顔。学校全体が浮き足立っている感じすらしたのです。行き交う子どもたちは、それぞれに声をかけて「かわいー!」「先生もいい感じじゃん!」とはしゃいでいる様子。実はこの日、新渡戸文化小学校は、「好きな服」で登校していいと決めた「私服デー」を実施したのでした。
制服だって、いいんだよ。
朝の会を覗いてみても、その話題で持ちきり。2年生のクラスには、いつもの制服や体操着の子どももいます。担任の先生が、体操着を着てきた子どもに聞きます。「今日は体操着できたんだね。この服が好きだという気持ちもいいよね」。
制服を着てきた子はその理由をこう話しました。「今日は制帽だけは被ってくるというルールがあったけど、制帽がどうしても見つからなくて。帽子がないとどこの学校か分からなくなっちゃうから、制服を着てきたんだ」。聞いている方が、なるほど、と首肯してしまう理由。ちゃんとそれぞれ「考えて」この日の服を選んだのですね。
そして先生が言います。「今日、この日を作ってくれたのは、みんな、誰か覚えているかな?」。子どもたちが口々にいいます。「かこちゃん!!」「なつめちゃん!!」先生が拍手を促すと、みんなが一斉に拍手をします。皆の目線の先には、今回の「私服デー」の発起人の果子ちゃんがいました。
「もちろん、かこちゃんが発案者だけど、今日この日は、みんなで考えてきたよね!みんなで新しいことを作ったね」そう担任の先生がいうと、果子ちゃんだけじゃなく、クラス全体皆一様になんだか恥ずかしいような、少しだけ誇らしいような顔つきになりました。
みんなで作った「私服デー」。これは実際どんな風にできあがったのでしょうか。
自分ごと化して、対話して、ルールを作ること
「元々は2022年に『子どもたちに、未来はつくることができるというマインドを育てたい』という気持ちで考え始めたのがきっかけでした」。そう話すのは、私服デーを実現することに至ったルールメイキングのプロジェクト「全校ミーティング」を担当した加藤千尋先生です。
「こうしたマインドを育てるためには、2つ重要なことがあると思っています。社会で起きていることを自分ごと化すること、そしてそれを対話しながら、解決したり、そのための新しいルールを作ったりすること。これには自分の考えを持っているだけではだめで、伝えることも必要です。それぞれの考えを聞いて、受け入れたり、思いも寄らなかった意見にも『大事な視点かもしれないね』と認め合ったりしながら合意形成していくプロセスになります」(加藤先生)。
全校ミーティングが始まったのは、2022年1月。今回の私服デーが第5回目の全校ミーティングの結果なので、ここまで計4回の全校ミーティングを経たことになります。1回目は、「学校にあったらいいもの」。2回目と3回目は「朝必ず制服から体操着に着替える決まりについて考える」。4回目は「学校の学びに合った文房具について考えよう」。
今回の5回目は「かなり大きな転換点だった」(加藤先生)というように、4回目までは様々な悩みがあったそうです。例えば、1回目はそもそも「学校にあったら、みんながハッピーになるもの」というお題を先生たちで決めたこと。
2回目から4回目はお題は全校児童からアイデアを集めたものの、最終決定は代表委員という一部の5〜6年生や校長先生の話し合いになったこと。「話し合っている児童自身が、自分ごと化できるプロセスをなかなか組み込めていない気がしていました」(加藤先生)。なんだかんだで大人が都合のよいように先回りしているんじゃないか、という不安が拭えなかったといいます。
そして迎えた5回目に大きな挑戦をしたのです。チャレンジしたのは、「オーナー(提案者)の見える化」と「学校に関わる人全員の自分ごと化」でした。
「1分でプレゼンをしてください」
まず、オーナーの見える化については、誰が提案したのか、ということをできる限りオープンにしたといいます。集まった25テーマに対し、1分以内でプレゼンテーションをするという課題を課したのです。「『なんとなくやってみたくて、ノリで提案した!』みたいな子どもも少なくないので、プレゼンテーションをしてください、というと、どれくらいやりたいか、どれくらい困っているか、を必然自分自身に問うことになります。その過程で、オーナーシップも芽生えます」(加藤先生)。
休み時間に、代表委員が撮影をし、1つのVTRにまとめて、全クラスがそのビデオを見ました。そうすることで、児童全員もまた、「誰が」提案したのか、ということが提案段階ではっきりと分かります。プレゼンテーションは21組実施、全校児童がそのプレゼンを見て、その中で自分が応援したいテーマに、応援コメントを送りました。最終的に代表委員会と校長先生の話し合いで4つにしぼり、さらに「全校で話し合うのに適しているテーマはなにか」と考え、テーマを決定しました。
方法は、投票にはせず、「応援コメント」をつけてもらう形にしたといいます。応援コメントの中には「僕も困ってたから、これは絶対実現して欲しい!」といったものもあり、そうしたコメントを踏まえて、1つのテーマに絞る作業をしたと言います。
「最終的に、『困っているからどうにかしたい』VS『みんなでどうしてもやりたいことがある』になるんですよね」(加藤先生)。絞られたのは3つ。「漫画を持ってきてはいけないというルールがあるが、その基準をもっと分かりやすくしたい」「好きな服で来る日があってもいいのではないか」「全校で鬼ごっこをしたい」。最終的に、鬼ごっこは体育委員会での活動で吸収できそうであったこと、新学期最初の全校ミーティングなので、多くの児童が興味を持てそうで、新しいクラスでも話し合いしやすいテーマがいいだろういうことから、決まったテーマが「好きな服で登校したい」でした。
テーマが決まってからが本番
提案者の果子ちゃんは当時1年生。比較的クラスでもおとなしい女の子だったことに、先生たちも驚いたといいます。
テーマが決まったあとは、全クラスで、意見を集約していく過程に入りました。「いつにするか」「どんな風に実施するか」「何を大切にすべきか」。迷っていることや、不安なことも意見として出せるように、提出する紙には懸念点を書ける欄も作ったといいます。
「どうしても少数派の意見は軽視されがち。例えば、好きな服の話で言えば、『自分の服が馬鹿にされたらどうしよう』とかそういう不安がある子どももいると思うんです。そんな気持ちを持っている上に、そうした意見が無視されたら、結局『やっぱり自分の意見は聞いてもらえない』と感じてしまい、全校ミーティングの目的と真逆のことが起きてしまう。未来は変えられると思ってほしいわけですから。そうならないような意見集約を心がけました」(加藤先生)。
皆の顔が見える提案を導入したことに加え、もう一つ大きな変更点が「新渡戸サミット」の導入でした。これが、「全校児童の自分事化」です。最終決定の話し合いの場に、各クラス代表2名ずつを集め、その場を全校に中継するというやり方にしたのです。
それまでは、5〜6年生の代表委員と校長先生のみで最終決定をしていましたが、それを「全校児童」が関わる形で実行したのです。クラスの代表は、もちろん1〜6年生まですべて。一人一人が、クラスの意見を持ち寄って、発表する「新渡戸サミット」を開催しました。つたない言葉で一生懸命話す1年生から、スラスラと発表をできる6年生までが一堂に会したのです。
「ライブ中継は、観る子と観ない子がいてもいいんじゃないかという意見もありましたが、最終的にはすべての子が観ることになりました。やはり、最終決定の場所ができるだけオープンであることはとても大切だと思います。その後の『決めた事』へのコミットにも繋がると思ったからです。結果、ライブ中継は大成功。定点カメラも用意して、代表委員もカメラを持って動き回ってと八面六臂の活躍をしてくれ、中継を観ていた先生たちからも『すごくよかった』といってもらえました」(加藤先生)。
教室では、中継に写った自分のクラスの代表を見て、その他の子どもたちは大興奮。教室から画面に向けて「頑張れ—!!」と応援をする姿があったといいます。
新渡戸サミットでは、各クラスの意見、先生たちの意見、ご家庭からの意見、様々な意見を出し合い、私服デーの実現やルール作りをしました。結果、9月13日と10月31日と1月12日に実施することが決定。「ルール」ではなく、代表委員会の話し合いで懸念点として上がったことを「大切にしたいこと」としてポジティブに伝えることも合わせて決めました。
例えば、「みんながしあわせな気持ちになれるかどうか」「あんぜんかどうか」などを「心得」として定めました。「えらべることを大切にしよう」ということで、もちろん制服でもよい、ということも伝えました。
子どもも先生もみんなで盛り上がった1日
迎えた当日、果子ちゃんもとっても満足そうな笑顔。加藤先生が印象的だったのは、好きな洋服の選び方だったといいます。「私の担任は1年生なのですが、『とにかく好きだから着てきた!』といったような理由が多いかなと思っていたのですが、『3-4歳のときに買ってもらって、ずっと着てきた洋服なので、それをみんなに見てもらいたくて着てきました』とか『この服のこのリボンがお気に入りなので、これを選びました』とか、それぞれに理由が
あって、1年生でもこんなにこだわりがあるんだなあ、と感動しました」。
先生たちもなんだか華やかだったのも印象的です。先生の服装をみて、「先生、かわいいーー!」と声をかける子どもたちの姿があちこちで見られました。
実行したからこそ、どんどん課題が見えてくる
やればやるほど課題も見えてくるもの。第5回目を成功裡に終えたものの、まだまだ課題は少なくないといいます。1つ目は時間。提案からプレゼンをし、テーマを決定し、サミットをやる、といった流れにしたことで、時間は従来の2倍程度かかってしまったといいます。これを普段の授業時間に加えてやることは、先生たちにとっても負担は軽くありません。「子どもたちが当事者意識と対話性をもちながら決定していく過程は担保しつつも、スリムに、先生の仕事量も減らして継続していきたいです」(加藤先生)。
もう1つは、全校ミーティングで扱うテーマの「粒感」。子どもが提案してくるテーマは、「大きなテーマ」から「小さなテーマ」まで様々。5回の全校ミーティングを通じて、
例えば、休み時間のグラウンドの使い方。今は曜日と休み時間ごとに使える学年が決まっているのですが、その学年が使わない場合、空いているけど順番ではないので他学年が使えないということが起きています。もっと柔軟なルール設計ができれば、子どもたちが存分に使える、そうしたことを望んでいる子どもたちが多い。そうした問題についてはわざわざ全校ミーティングのテーマにしなくても、担当の先生に相談すればすぐに解決できそう、といったことです。
テーマを提案しても、全校ミーティングに選ばれるのは1つ。その1つに結論がでるには、3ヵ月から半年近くかかります。結果、選ばれなければ、「自分のアイデアは選ばれない」と諦めてしまい、次から提案しなくなってしまうこともあったり、選ばれないために解決されなかったり、といったことも起こりえます。テーマによっては、数ヶ月かけて話し合う全校ミーティングのテーマには敢えてせず、スピーディに解決していくのも「あり」だといいます。
さらに、今後はステークホルダーとして、保護者が一緒に考えていくことも検討しているといいます。「こうした会の運用は一般社会で働くお父さんやお母さんの方が得意なこともあるかもしれないですし、テーマによってはそのテーマに精通している親御さんもいる。そうでなくても、どの親御さんも皆さん学校のステークホルダーですので、子どもや先生だけではなく、保護者の方も一緒に考えていけたら、もっと豊かなルールメイキングができると思っています」(加藤先生)。
現在すでに第6回目の全校ミーティングを終え、第7回目も近々動き出すとのこと。
さあ、次は、みんなで何を変えていこう?
取材執筆:染原睦美