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先生、「しあわせをつくる」ってなんですか

こんにちは、新渡戸文化小学校note編集部の染原です。新渡戸文化小学校は「しあわせをつくるひとになろう」をモットーに学校作りをしています。そんなテーマに沿って、今年の6年生も東北に「しあわせ」を探しに行ったばかり。

では、先生たちは子どもたちが「しあわせをつくる人」になるために、どんなことを日々心がけているのでしょうか。3人の先生たちに聞きました。

木下サリ(きのした・さり)
当校勤務10年以上のベテラン。国語科を専門とし、変わらない学校生活の基礎基本を伝える。前職も私立校の上に自身も私立校出身と、私学ならではの品格を体現する先生。※カバー写真左

加藤千尋(かとう・ちひろ)
教員養成大学を卒業も、新卒で「花まる学習会」に入社し講師として活躍してきた異色の経歴の持ち主。1年生担任の傍ら、現在も週に1日花まる講師を勤める「二刀流先生」。※カバー写真右

沼尻淳(ぬまじり・じゅん)
公立小学校に長年勤務の後、当学園の理念に共感し2020年に参画。独自の教育理論で子どもたちを新しい世界へ導く。「ソニー子ども科学教育プログラム」2021年度入賞。※カバー写真中央

自分を自分で信じられる「種」を見つける

—「しあわせをつくる人をつくる」ために、まずは子ども自身が「しあわせ」であることが大切であると考えていると思います。先生たちが考える「子どものしあわせ」とは、なんでしょうか。

木下:究極には、自分を好きになることなんじゃないかなと思っています。自分が好きと言えるということは、自己肯定感があるということ。そうすると人も好きになれるし、心に余裕ができる。その気持ちが、最終的にさらに「自分が好き」という気持ちに戻ってくる気がしています。

日々考えているのは、一人ひとりが「自分が好き」と思える種を見つけるにはどうしたらいいか、その手伝いをできるとしたらどんなことか、ということです。「勉強がいまいちでも優しい」とか「走るの苦手でも絵が上手」とか、物差しの基準になりやすい「勉強」だけが価値基準ではないし、その過多で自分のいいところが見えなくなるのはもったいないよ、と伝え続けています。

加藤:私も実は同じで、「自分を好き」と言えることなんじゃないかと思っています。子どもに「あなたのいいところって、どこ?」と聞いたら、5個くらい言えるようになるのが素敵だなと思います。「優しいところ」と言いたいのに、「いや、あの子の方が優しいしな...」と思って言えなくなるのではなく、「私はそう思えているよ」という状態で、絶対的に自分を信じられている状態になれるといいなと思います。

安心していられる場所には信頼できる人がいる

沼尻:自分を信じられている状態ってすごく大事で、一方でとっても難しいんですよね。「見える評価」に固執してしまう。成績とか。「優しい」も比べる必要ないし、そもそも比べられるような能力でもないですしね。

加藤:このあたりは、高学年に顕著で、どんどん学年が上がっていくと言えなくなる子どもが増える気がします。だからこそ、私たち教師が、「見つけて、伝える」を最後までやりきりたいですよね。

沼尻:3年生くらいから言わないようになりますね。ある意味で、周りが客観的に見えるようになるという成長の証とも言えるかもしれないのですが。

自分のことが好きになると、「笑顔でいられること」も増える気がして、それもまた子どもの幸せかなと思っています。笑顔でいるには、その場所が安心していられる場所になっていること。安心していられる場所には、信頼できる友達や大人がいる。信頼できる友達や大人がどんな姿か、それを想像して日々子どもたちと過ごしています。

例えば、泣いている子がいたら、すぐに手を差し伸べてあげる。給食がこぼれたら、誰のせいとかは関係なく、すぐに助けてあげられる。「ああ、自分を見捨てないでいてくれる場所があるな」と思えることって、将来にわたって大事だと思っています。それが笑顔に繋がる。

—「子どものしあわせ」を実現するために工夫していることはなんでしょうか。

沼尻:機会をつくる、ということでしょうか。子どもが自ら気づく機会。例えば、人に優しくできたとして、それを本人がなんとなくやっていたとして、でもそこで大人が「優しいなあ」と一言かけることで、「私って優しいのか」と笑顔になる。そういう機会を大人がどれくらい用意できるか、サポートできるか、日々目をこらしています。

木下:私も似ているのかもしれないですが、「端を見る」ようにしています。例えば、演劇でも、中心にいる人より、後ろにいる人、セリフがない人、いますよね。そういう人に、スポットライトを当てる役目だと思っています。「端」をよく見て、一歩引いて見ている子どもとか、話したいなあと思っているけどなかなか自分ではできない子どもに対する目線を忘れないようにしていますね。

加藤:最後の一歩は自分が決められるような環境作り、でしょうか。言われてやっているだけでは、いざ自分が動こうと思ったときに動けなくなりますよね。最後は自分で決めたと思えることは、言ったことはやるという責任、自分との約束になる。そこにどれだけ向き合えるかが大事かな、と思います。

「いいこと」も「失敗」も

自分との約束があれば、仮にそれができなくなりそうになっても、「あのとき言ったよね」と言ってあげられる。そして、自分も気付ける。そうすると、その子が強くなると思うし、失敗を失敗と思わないようにするマインドがあると、自分の力にできる。その土台があれば、挫折のような経験も、自分への根拠のない自信にもなるし、間違えちゃダメ、みたいなことがなくなるような気がするんです。

木下:あとは、「遠くの人」への想像力も意識していますね。新渡戸の一番特徴は、学校の枠から飛び出た教育ができること。校外学習を自由にさせてもらえるんですね。学校の中に閉じた「人」だけでなく、校外学習にいくときにどんな人が関わってくれるのか、バスを運転してくれる人、相手先で受け入れてくれる人、自分が何かをやるのにどれくらいの「ステークホルダー」がいるのかをいつも意識してもらえるようにしています。

沼尻:誰でも誰かを幸せにできると考えたときに、「遠くの人」まで想像できるって本当に大切ですよね。今年、3年生のプロジェクト科(総合学習)でウクライナに何ができるかを考える授業をやったんです。誰かを幸せに、と考えたときに、目の前の人はもちろん、自分が見えないことについても、たとえ当事者になれなくてもできることがあり、それをできることで自分の存在意義を感じてくれるといいなと思っています。

加藤:利他の精神をどのように育めるかですよね。相手にどうしてあげたら、その人が喜ぶかな、とか。そのために自分が何ができるかな、とか。新渡戸には「12の学習者像」という「しあわせをつくる人」を具体化したものがあります。その中に「違いを愛せる人」というのがあるのですが、その視点ですよね。違いがあるから、そして、違いがあるという前提だから、相手のことを理解しようと努め、理解していくことで集団としてパワーが出るよね、と。

今1年生の担任をしていますが、帰りの会で、その日の日直の子に、いいところ探しをやってもらっているんです。「水筒がぐちゃぐちゃだったのを、●ちゃんがなおしていました」とか。「●君が、怪我した子と一緒に保健室に行ってあげていました」とか。いいところを見つけるって気持ちいいですよね。

沼尻:失敗を賞賛する、というのもあっていいかもしれないですね。

加藤:確かに!『教室はまちがうところだ』という小学1年生のバイブルみたいな絵本があるのですが、良いところを見つけてあげるだけでなく、失敗やダメだったところも見つけて、でも「それもいいじゃん!」って言える雰囲気、大事ですね。

「やりたい!」に呼応する「いいね!」

—「子どものしあわせ」を実現するのと同様に、先生たち自身が「しあわせ」であることも新渡戸では大切にしていますよね。

沼尻:失敗しても、笑ってもらえる、という雰囲気がありますよね。なんでも「いいね!」と言い合える空気があります。まず、「いいね!」と言って、やってみる。失敗しても笑って終えられる。もちろん、失敗したらどうしてダメだったかの振り返りはありますが、チャレンジしたこと自体をまずは「いいね!」と言い合える環境がある気がしています。

木下:大人がそんな雰囲気なので、子どもの「やりたい!」も、拾ってあげやすいんですよね。新渡戸は、運動会や行事など子どもの「やりたい」で進めることが多いので、子どもがまず「やりたい!」と思ったことを、大人も「いいね!」と言ってあげられるのは、先生たち同士がそのような関係だからというのも大きいと思います。

加藤:全校ミーティングというルールメイキングの会を昨年から始めていて、難しいことも多いのですが、教員同士のそうしたマインドがベースにあることは、大きな強みだと思います。360人の意見をまとめあげていくのは、本当に一筋縄じゃいかない。でも、子どもが主役であるという大前提に加えて、失敗しても「いいね!」という雰囲気があることが支えになっています。


対談を通じて感じたのは、「お互いへのまなざし」の紡ぎ方でした。先生から子どもたちへのまなざし、子どもたち同志のまなざし、先生同士のまなざし。先生は子どもたちのことを一人ひとり「見る」。そして、先生が子どもをしっかり見るからこそ、子どもも子ども同士を見つめる。先生が失敗を「いいね!」と言ってくれたら、友達が失敗したときも相手に「いいね!」と言えるようになる。先生同士も、日常的にお互いに「いいね!」と声を掛け合う。温かいまなざしがあちこちで、行き交い、育っているのだなと感じました。

実は、この対談には、後日談があります。
対談の中で出てきた「失敗を賞賛する」取り組み。この対談のあとすぐに加藤先生が1年生の教室の中で取り組んでみたそうです。その取り組みもまたきっと、周りの先生たちが「いいね!」と言っている様子が、目に浮かびます。

取材執筆:染原睦美
写真:鮫島亜希子(カバー写真、教室掲示物以外)