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「変革」を前に立ちすくんだわたし、1年生から教えてもらったこと

こんにちは、新渡戸文化小学校note編集部の染原です。新渡戸文化小学校で働く人や、そこに留まらない様々な学校の「なかのひと」を取り上げていく連載。3人目は新渡戸文化小学校の加賀谷 愛里さんです。

プロフィール
加賀谷愛理(かがや あいり)

神奈川県出身、92年生まれ。2015年に大学を卒業したのち、新渡戸文化小学校着任。低学年を中心に担任を受け持ち、現在は1年生の担任。

「初めて1年生の担任になる先生たちは、一様に『1年生ってすごいね』ってみんな言うんです。なんでもやりたがる、なんでも発言したがる、発想が面白いって。「ゼッタイ無理!って言いたくなるような、『ぶっとんでる』ことを言う子がゴロゴロいます。でも、そんな『ぶっとんでる』ことをやらせてみたら、たまにできちゃう(笑)。大人が理解不能なことや、無理!と思うことを、大人が『分からない』と言うのでもなく、ましてや『変なこと言わずに、黙ってお話を聞きなさい!』でもなく、やらせてみる。そして、これこそが1年生と関わることの面白さなんだなって最近気づき始めました」

今でこそこう話す加賀谷さんにとって、忘れられない「1年生の担任」があるといいます。2021年4月。新渡戸文化小学校での4回目の1年生担任でした。2016年に新米教師として新渡戸に着任したあと、低学年を中心に担当してきた加賀谷さん。低学年担当にも慣れてきた6年目だったにも関わらず、「本当にしんどかった」といいます。

2021年4月は、前年に新型コロナウイルスを経験してから、2回目の春。コロナへの対応としてiPad導入も進め、オンライン授業に少しずつ先生たちも慣れてきていた時期でした。加賀谷さんを苦しめていたものはなんだったのでしょうか。

理事長の「変革」に、ついていけない

新渡戸文化小学校は、2019年に理事長が平岩国泰さんに替わり、それ以降、少しずつ変革を遂げようとしている時期。平岩さんは、次々と新しいメッセージを打ち出していました。「すべての主役を子どもにしたい」「長所に注目した学校でありたい」「子どもが憧れるような先生でありたい」「学校と社会をシームレスにしたい」。

そんな理事長の理念に共感して、枠にとらわれない先生たちが次々と着任し始めていました。従来の小学校に留まらない教育にチャレンジしようとする雰囲気がそこかしこに芽吹き始めた時期だったのです。

2021年4月に加賀谷さんとともに1年生を受け持つことになった本村凛さんもその一人でした。フィンランドの教育系大学院を卒業後、2019年に新渡戸文化小学校に着任した先生。「当たり前」を軽やかに疑う、そんな明るい女性でした。

一方、長く新渡戸文化小学校に勤めている先生たちにとっては、平岩さんの言葉がすぐには腑に落ちなかったといいます。「そうはいっても...」「特に、1年生は難しいよね...」といった雰囲気がありました。加賀谷さんもそんな先生の一人でした。「特に1年生は、学校というものが初めて。『教えるより、学び合う』といっても、やっぱり『教える』方が多くなる。『叱る前に、待つ』と言われても、どうしても先に注意をしなくてはと思っていました」。

そんな状況下での2021年4月。1年A組が加賀谷さん、1年B組が本村さんの担任となったのです。否応なしに、隣のクラスが気になりました。加賀谷さんはすぐにその「違い」に気づいたといいます。

朝顔だけで盛り上がる1年生

同じ学習をやっているのに、子どもたちの反応が全然違うんです。本村先生は、子どもたちへの声がけが上手で、子どもの考えを引き出したり、子どもが自由に考えられたりする言葉をかけるんですね。それに比べて、自分はさっぱりで...」

それまで、2016年から何度も受け持ってきた1年生。その扱いには慣れているし、それなりに「できる」という自負もあったといいます。でも、隣のクラスとはなぜか雰囲気が違う。

例えば、1年生が入学して間もない5月。朝顔の種を配って、植えるという生活科の単元がありました。

「本村先生のB組は、なんだか朝顔だけで、ものすごい盛り上がっているんですよ(笑)。ある男の子は『朝顔はこんなにすごいことがいっぱいあるのか...!!』と驚いている。『朝顔のすごいところって何?』と内心思いながら話を聞いてみると、『種を水につけておくとどんどんふくらんでいく!!』とか、『水につけておくとぐにゃぐにゃになってきた!!』とか、興奮気味に話すんです。育ってからも、『朝顔のツルが巻き付くための支柱の太さってどれくらいなんだ?!』とか、ものすごい盛り上がってるんですよね。私のA組は、もちろんみんな楽しそうに朝顔の種をまいていたのですが、朝顔だけで盛り上がったかといえば、それはなかったんですよね」

加賀谷さんが「1年生には無理」と思っていた、「教えるより、学び合う」ことが自然とできているように見えました。

夏から実施した探究学習の時間でも、似たようなことが起きました。「おもちゃ」について学んだり、考えたりすることを中心に据え、「東京おもちゃ美術館」に行ったり、図書室で調べたりして、最後には自分たちが考える「おもちゃ」をつくろう、というテーマを用意。加賀谷さんと本村さんは相談しながら一緒にプレゼンテーションを作り、子どもに説明しました。

「職員室に戻ってきて、本村先生が興奮気味に言うんです。『こんなおもちゃのアイデアがでた!あんな意見もあった!』と。私は『あんなのとか、こんなのとか、A組では出なかったな...』って。内心うらやましいような、焦りとも似たような気持ちで本村先生の話を聞いていたのを今でも覚えています」

「1年生はこうあるべき」を捨てよう

本村さんは、どんな風に子どもに質問を投げかけているんだろう——。夏を過ぎた頃には、加賀谷さんは素直に気になってきたといいます。

「この学校に来てから、低学年、特に1年生の担任をたくさん経験させてもらっていたことで、ある種の慢心があったような気がします。でもそれも、従来の小学校や、1年生はこうあるべき、というものに縛られていた。もう、そういうの捨てよう、と思ったんです。そして、とにかく聞こう、と思いました。何より、本村先生自身も、初めての1年生を受け持つにあたって、色々と私に聞いてきてくれていたんです。素直に『どうしたらいいかな?』と。だから、私も聞いてみようと思えました」

本村さんがやっていることをそのまま真似るのではなく、聞いてみた上で自分自身のやり方を探ってみよう、そう考えたといいます。そして、分からないことや、壁にぶつかったときには、本村さんやほかの先生たちにオープンに相談してみる。そう決めたことで、子どもたちを受け入れるキャパシティが広がったといいます。

新渡戸文化小学校や平岩理事長が押し出すメッセージに、こんなフレーズがあります。「新渡戸の先生は、子どもが憧れるような先生でありたい」。その「憧れ」はどこからくるのか。「先生たちが何より楽しんでいること」です。「1年生はこうあるべき」という期待像や、「今まではこうだった」という過去にとらわれて自分を苦しめていては、結果、子どもたちに見せる「先生」はどんな風に映るのか。先生が楽しんでこそ、新渡戸が新しく目指す子どもたちや先生像ができあがってくるはず。加賀谷さんは、それまで素直に受け入れられなかった平岩さんのメッセージや新しい学校の方針に、少しずつ耳を傾けられるようになってきたといいます。

「子どもが危ないことをしようとすると、つい心配で、止めてしまうようなところがありました。でも、子どもが『やってみたい』といったら、まずは『いいね!』と受け止める。そして、怖いけど『やってみよっか...?』と言ってみる。いったん目を閉じて、やってみよう、と思えることが増えました。そうした声かけをすることで、子どもができることが増えていき、私自身もまたわくわくする感覚がありました。ここまでできるんだ、と感じられるようになってきたんです」

間違っても「いい!」、変なこと言っても「いい!」

有名なノミの実験があります。ノミをコップに入れると、本来持つ跳躍力で易々とそのコップから出てきます。一方、コップにガラスで蓋をすると、最初は外に出ようと試みますが、「ガラスの天井」にぶつかって外に出られない。何度飛んでも、出られない。それを繰り返したあとに、ガラスの蓋を取ってみます。そうすると、ノミは再び喜び勇んでコップから飛んで出てくるのかと思いますが、そうではないのです。ノミは、それ以降、コップの高さまでしか飛べないようになっている、という話です。

「ノミの話と同じですよね。信じてあげないといけなかったんだなあ、と思いました。『やりたい!』を潰しちゃいけない。間違えても、『いいね!』。変なこと言っても、『いいね!』。正解を聞きたがる子も多いし、正解はないっていうと、不安になる子もいる。でもまずは、『いいね!』が大事だと今は思っています。いろんなことを伝えてくるのは、1年生のいいところ。そして、1年生を担当する面白さは、まさにここにある。どの学年よりも成長するということを実感できるんです」

この1年生の「躍動感」にこそ、子どもたちの未来がかかっているともいえそうです。好きなものを好きと表明する、自分が言うことが「変なこと」かどうかなんて気にしない、「変である」ということすら気づかない、そうした「良質な鈍感力」のようなものを、今この瞬間から、成長して大きくなるまで持ち続けてもらいたい。これこそが、新渡戸文化小学校が目指すゴールです。そしてそのゴールを目指すにあたって、一人ひとりの先生たちの葛藤を受け止めることもまた、新しい学校づくりには欠かせないことといえそうです。

取材執筆:染原睦美