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「子どもに“将来の夢”を求める功罪」について、ピアニストの西川悟平さんに聞いてみた

こんにちは、新渡戸文化小学校note編集部の染原です。

先日、東京2020パラリンピックの閉会式で「What a wonderful world」を演奏した西川悟平さんが来校し、公演会を開いてくださいました。

公演といっても、演奏のみならず、様々なお話で子どもたちを楽しませる会。「泥棒と心を通わせたニューヨークの夜の話」「音楽室で立たされた話」「映画の世界が実現した話」、多種多様な話を織り交ぜながら、話の合間には力強い演奏が繰り広げられました。

後ろに座っていた子どもたちの中には、立ったまま観続ける子どもの姿も

今回はそのときのお話を少しだけさせてください。

ご存じの方も多いかもしれませんが、西川さんは15歳からピアノを始め、20年以上ニューヨークを拠点に活躍するピアニストです。ピアノを始めたことが一般的に遅かったこと、大学から一度は一般企業に就職していること、ジストニアと診断されて一時期は両手の演奏機能を完全に失ったこと。多くの困難を乗り越えた過去を持ちます。

今回の来校は、当校の杉本校長が見つけた1本の記事から実現しました。そこでは「人生で3回の絶対無理」を覆したピアニストとして紹介されていた西川さん。子どもたちに、どんなときでも「絶対無理」と思わないでほしい、常々そう思っていた杉本校長は思案します。連絡してみようか、いやでも、依頼しても来てくれるはずがない——。逡巡しながらも、「そうだ、絶対無理と僕こそ思ってはいけない」。そう思い、すぐにメールをしたといいます。そして、その2ヵ月後、公演が実現。しかも、杉本校長の誕生日当日というプレゼント付きでした。

校長先生が今でも大切に持っている西川さんの記事

結果、公演は大成功。子どもたちは真剣なまなざしで西川さんの演奏を聴き、たくさん笑い、最後の質疑応答の時間も大いに盛り上がりました。

どうやったら「夢」を持てるのか

公演を聴きながら、少し気になっていたことがありました。「夢や、やりたいことってどうやって見つけたらいいんだろう」。西川さんには「大好きなピアノを続けたい、いつかオリンピックで弾きたい」という夢がありました。校長先生にもまた「西川さんに来校して欲しい」という想いがありました。「諦めてはいけない」「無理かもしれない」という感情の前には、何かを目指す気持ちがあるはず。その気持ち自体を持てない人はどうしたらいいのだろうか。

そんなことを西川さんの公演を聴きながら、感じていたのです。そして公演後、少しだけ西川さんとお話をさせていただく時間をいただくことができたので、思い切って聞いてみました。

「そもそも、すべての子どもたちに対して、夢を持て、諦めるな、というのは、少し酷ではないかとも思ったのですが、どうでしょうか…」

そうすると、西川さんは。「あっ」と言い、こう続けたのです。

「そうだ、それを言い忘れていました....。そうですよね。言えばよかったなあ。おっしゃるとおり、夢のない子どもがほとんどだし、将来何になろうといったことはいらないと思っています。そんなことは焦らないでいいし、決めないでいい。一つでも多くのことを経験してみて、いろいろな場所に行って、楽しいな、とか、好きだな、というものを見つけて、それが『やりたい』に繋がる、それでいいと思っています。確かに僕は、夢がない時代が短かった。それ自体、幸せなことだったんだと思うんです

西川さん自身も、最初から音楽にたどり着いたわけではないと言います。小学校時代は1年生から絵を習っていた西川さん。中学校に入学したときに迷わず入部届を提出したのは美術部でした。中学の入学式のその日に入部届を出し、校門を出ようとしたその時。音楽との出会いがありました。

「入部届を提出して、校門を出ようとしたちょうどそのとき、ブラスバンド部が演奏をしながら校門を通り過ぎたんです。奏でていたのは、大好きだった『幻魔大戦 光の天使』。心臓が止まるくらいの感動で、びびびっと電気が走った。隣にいた友達に、『すごいね』と伝えると、『ごうちゃんもブラスバンド入ればいいやん』って言われたんです。でも、美術部に入部届も出してるし、と言ったら、『撤回してやればええやん』とその友達に一押しされて、ブラスバンドに入った。そこから、チューバに手を出し、ピアノに出会い、今の僕があるんです」

「手がない?観ているだけじゃなくて、やってみればいい」

そんな話をしていたそのとき。部屋に小学校2年生の児童が入ってきました。担任の先生と一緒に入ってきたその子は、西川さん同様、手にハンディキャップを持っています。西川さんは、その子にこう聞きました。

「好きなことはなに?」

小さな声で「サッカー」と答えた彼女に、「ちょっと待ってね」と言って西川さんは一つの動画を観せました。それは、ハンディを持った選手がスポーツの大舞台で活躍する姿を追った海外の動画でした。「1つしか手がなくても、観客としてスポーツを観るのはやめて、やってみればいい。ものすごい高いレベルにまでいけるはずだよ、そんなことを言っている動画だよ」と優しく語りかけます。

「手のことを笑う人がいる?そんなの、一緒になって笑い飛ばせばええねん」そう言われて、小さな、でも確かな声で「はい」と答える彼女。5分程度だったでしょうか。彼女は、その小さな瞳で西川さんをまっすぐに見つめ、その小さな耳で西川さんの一言一句を聞き逃すまいと終始真剣に聞き入っていました。

幸せをつくる人になろう

新渡戸文化小学校のビジョンは「幸せをつくる人になろう」です。自分自身が幸せになり、その幸せをもって人を幸せにできる人になろう、そんな学びを子どもとともに作り上げていくことを目標としています。

まさに西川さん自身が「幸せをつくる人」を体現していましたし、そしてまた、校長先生も、子どもたちに「諦めないこと」「夢を持つこと」以上に、自分が幸せになることで人を幸せにできることを西川さんを通じて伝えたかったのだと感じました。

西川さんと彼女を見ながら思いました。私たち大人は、子どもたちに対して「夢を持て」とか「諦めてはいけない」と言う前にまず、好きなことを見つける「子どもの旅」を支えることが大切なんだろうな、と。

彼女が部屋を出て行く前、最後に、自分の手の形にフィットするように改造した縄跳びをその場で披露してくれました。「縄跳びを跳べるようになりたい」そう思えた彼女の気持ちこそが、大切にすべきことなのだな、と彼女の華麗な二重跳びを見ながら、思ったのでした。そしてまた、この瞬間がこれからの彼女を、きっと強く支えてくれるはずと確信しました。


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