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給食から広がる「食」のワクワクを、子どもたちに届けたい

こんにちは、新渡戸文化小学校note編集部の染原です。一人ひとりの先生たちのことを深く知っていただく「先生に聞きたい10のこと」。今回は、給食を担当する、中川ほのかさんです。新渡戸文化短期大学を経て、そのまま新渡戸文化学園の栄養士として就職。初代校長の新渡戸稲造は農学博士であったことから、学園では食をとても大切にしています。今回は、そんな新渡戸文化小学校の「食」を支える一人、中川さんの登場です。

真剣な眼差しの中川ほのかさん(左)。栄養士として活躍するのはもちろん、調理にも入ります。

1.現在の担当を教えてください。

新渡戸文化小学校、中学校の給食担当です。

2.経歴を教えてください。

新渡戸文化短期大学を2017年に卒業し、現職8年目です。就職活動の際は「給食受託」をしている会社を探していました。栄養士の資格を取得していたので、周りは薬局で栄養士として働くといった就職をする友人が多かった気がします。給食受託は、病院や高齢者向けも少なくありません。一方、私は子どもに関わる仕事がしたかったんです。

私自身が高校時代のときに、過度なダイエットをしてしまった経験があります。思春期の、特に女性は、自身の体型やそれにまつわる食生活についての誤った考えから、誤った行動を取ってしまうことも少なくないと思います。自分自身の経験も通じて、子どもに対して、食事や栄養という側面から、繋がっていきたいと考えました。

3.現在の担当の業務について、業務内容を教えてください。

午前8時くらいから調理の下準備を始め、11時前後にはクラスごとの配缶(クラスに配る大きなバッドなどへ配分する作業)を開始します。子どもたちが給食準備を始めるのが12時20分ですので、12時10分には給食のワゴンを教室までお届けしなくてはいけません。

ご飯の量もものすごい….

子どもたちが食べ終わって午後の片付けを始めるのが13時30分。その後、厨房内清掃、事務作業として献立作成や発注業務等をします。時期によって、企画ものがある場合はその企画の精査やオペレーション構築なども実施します。

4.新渡戸にきた理由を教えてください。

短大での経験が大きかったと思います。短大生が考案したメニューを実際に給食で提供するという取り組みがあるのですが、私が2年生のときに考えたレシピが選ばれて、実際に当時の小学校に提供させていただく機会があったんです。

私が考案したのは、メインの魚料理でした。「タラのカラフル焼き」という献立名で、タラを下焼きして、パプリカとマヨネーズを和えたものをかけて本焼きをするというものでした。

最も勉強になったのは、大量調理というポイントです。私が考えたレシピをもとに当時の給食スタッフの方が大量調理に落とし込んでくださったのですが、小学校であれば、360人分という量を作っても、作業工程や材料、コストとして成り立つかというポイントが大切になります。魚を下焼きすることで魚にはしっかりと火を通して「75℃・1分以上」という大量調理の基準をクリアしながら、上にかけるソースは焦げることなくこんがりと焼けるという工程も提案してくださいました。

子どもたちが配膳しやすいか、スタッフが配缶しやすいか、そういった視点も欠かせません。なにせ8時に開始して11時には360名分が完成していなくてはいけないのです。今でこそ大量調理の工程を加味しながら献立を考えられるようになっていますが、その当時はそんなことには想像が及んでいませんでした。自分が考案したメニューが実際に給食として提供されたというこの上なく嬉しい経験を通じて、さらに栄養士さんへの憧れが増しました。

こうした取り組みは、子ども園から短大まである新渡戸ならではの取り組みだと思います。ここで働くことができたら、栄養士という資格を活かしたい、子どもと「食」を通じて関わり続けたいという気持ち、2つを叶えられると思いました。

5.新渡戸のどんなところにモチベートされていますか。

これは新渡戸に限らずだとは思いますが、子ども達や先生方の「給食、美味しかった!」の声がやっぱり自分のモチベーションになっていると思います。給食室に戻って来る配缶を開ける瞬間は、毎回ドキドキです。例えば、筑前煮のような昔ながらの献立のときは「余ってるかなあ」と思うことも多いのですが、蓋を開けてみたらピカピカだったときの嬉しさといったら。

みんなの「おいしい」笑顔は、嬉しいですよね。

そんな子どもたちや先生たちの「おいしい顔」を見に、給食の時間に教室や職員室に出向くこともあるのですが、「あれ、出汁の香りがする!」と言われて、振り返られることがあります。私自身が出汁の香りをまとっているのだそうです。新渡戸は私達のようないわゆるスタッフと呼ばれるような人間も、一つのコミュニティの中にいる感じがして、学園全体の雰囲気が好きです。

新渡戸はイベントも多くて、例えば、6年生が卒業する前に「リクエスト給食」と題して、6年生に人気のある給食を作ったり、クリスマスに一人ひとつチョコレートケーキを持ち帰ってもらったり、バレンタインはホイップとハート形の苺をのせたチョコプリンを提供しています。子どもたちの「ワクワク」に応えたいと思う瞬間はいつも気合いが入ります。

卒業式の後に卒業生に向けて提供する「お祝いの日」の給食。みんなで食べる最後の給食に向けてこの日はさらに気合いが入るとのことです。

6.新渡戸での、先生との関わりや、学校運営について、印象的だった出来事を教えてください。

コロナ禍となる2020年以前の取り組みにはなるのですが、小中学校の学園祭に給食室として参加させていただく機会があり、給食をリメイクしたり、普段の給食では出さないようなパウンドケーキやクッキーなどを作ったりして販売していました。「給食をつくる担当」ではなく、学園全体で「食を中心とした企画担当」として、そのコミュニティで役割をいただけるのは、新渡戸ならではだと思います。

最近では保護者に向けての給食の試食会を年に3回ほど行っております。食べていただくだけではなく、その後のアンケートなどで保護者の方の声を伺うこともでき、その後の献立作りの参考にもなりますし、モチベーションにもなっています。

以前、保護者の方にカレーをお出ししたときのエピソードが印象的です。食べた瞬間、保護者の方が「わあ、結構辛いですね」とおっしゃったんです。新渡戸のカレーは給食の中でも1位2位を争う人気メニュー。「お子さんたちは、喜んで食べてますよ」と話すと、保護者の方も驚いていらっしゃいました。「ここまで辛くしても大丈夫なんですね!」と。カレーの辛さは、ご自宅ではつい保守的にしてしまいますし、子どものカレーは「甘口」というイメージがありますよね。でも、意外にそうでもないんです。

ほかにも、ドレッシングも一からつくるのですが、「あのサラダのドレッシングはどうつくるのですか」と給食のレシピを聞いてくださる親御さんも少なくありません。野菜を食べてもらうためのドレッシング、皆さん苦労されているのかもしれませんね。現在は、そんなお声にお応えして、毎月の「にとべごはんだより」(給食だより)に、いくつか人気メニューのレシピを載せるようにしています。

保護者の方にも給食を食べてもらう機会があり、お互いドキドキです。

7.献立を考えるときに栄養以外に大切にしていることはどんなことでしょうか。

たくさんあるのですが、敢えて挙げるとしたら、「手作り」「季節」「子どもたちの盛り上がり」でしょうか。

新渡戸の給食は、元来手作りへのこだわりが強く、多くの献立を一から手作りで仕上げようと工夫をこらしています。和風だしは煮干しと昆布、鰹節から取りますし、洋食であれば、豚骨や鶏ガラを仕入れて、朝から最低2時間かけて煮込みます。

ここはラーメン屋か、と見まごうほどの美しい豚骨。
新渡戸の誇り「スープはすべて素材から」。

そこに、季節を意識します。やっぱり、その季節に穫れるものはその季節にいただきたい。何よりそれが美味しさの一番のスパイスだと思っています。例えば、ピーマン。ピーマンは6〜8月が一番美味しい季節です。皆さん御存知の通り、ピーマンは、苦手な子どもがほとんどです。実は給食でピーマンをメインに使うのは、年に1回だけ。それでも、年に1度はピーマンを主役にする、と決めています。メニューも決まっていて、ピーマンの肉詰めです。苦手な野菜でも、年に1回だけでいいので、メインにする。苦手な子どもが多いけれど、旬なときこそ一度は使ってみる。いつどんなきっかけで、「おいしいかも!」と思う子どもが出てくるか分からないですから。味覚は変わっていくものなので、6年間のどこかでそうなってくれたらいいな、と淡い期待を抱きながら毎年1回だけは、ピーマンを使います。

そこで大事なのが、3つめの子どもたちの盛り上がりです。例えば、ピーマンの肉詰めにかけるソース。みんなが大好きなケチャップを多めにかけてあげます。もちろんケチャップもできるだけ手作り。市販のケチャップに数種類のソース、赤ワイン、砂糖などから手作りします。さらに、組み合わせる主食は、ご飯や発芽玄米ではなく、みんな大好きわかめご飯。ピーマンが出たとしても、献立の工夫によって、「今日の給食、楽しみだ!」と思ってもらいたいですね。

8.やりがいを感じている取り組みの具体例があれば教えてください。

2022年から始まった「スターシェフコラボ」企画に注力しています。現在まで子ども園も合わせて11回実施し、次回の12回目は、東京・恵比寿の日本料理店「賛否両論」の笠原将弘シェフが考案したメニューを再現する予定です。

もともとは、学園のつながりで外部のシェフの方のレシピを再現して子どもたちに食べてもらう、という単発の持ち込み企画に近いものでした。一方、やってみるといろいろな気づきがあり、大変やりがいを感じています。

シェフの方が教室で当日の献立の説明をしてくださることも。

スターシェフコラボが面白いなと思うのは、考案したものをいかに「学校給食にしていくか」というポイントと、自分やチームの学びという点の2点です。

前者については、例えば、給食は朝8時から11時までの約3時間の勝負です。「下味を一晩漬けて...」といったことは必然難しい。実際に、西京焼きを作ろうとした際に、一晩寝かせるという工程が入っていたんです。それ自体は「できない」となるわけですが、それで諦めるのではなくて、どうしたら給食として成立するか、を考えます。

もちろん、半調理済みのものを買うことだってできます。でも、やはりそこは新渡戸の給食。手作りにこだわりたい。そのときは結局、味を少し濃い目に入れて2時間で漬かるようにしたらいけるのではないか、と考えました。こうしたことを考えるのが、大規模調理であり、新渡戸の給食である醍醐味ですよね。

もう一つは、自分やチームにとってもプロの方の作り方や考え方が、勉強になる点です。以前、実際にコラボレーションさせていただくシェフのお店で、混合出汁のレシピを味わってみたところ、すごく奥深い味だったんですね。私達が通常取る出汁とは、削り節と昆布の割合が違ったのですが、調味料が入っていなくてもここまで美味しく仕上げられるのか、と感動したんです。この経験は、ここまでしっかり味が出るのであれば、だしのうま味が増すことによって、調味料を多く使わなくても美味しい料理ができるという気付きに繋がりました。昆布と削り節の割合を変えるだけで、しっかりした出汁が出て、塩分も抑えられ調味料いらずになるなんて、最高ですよね。

調味料についても、こだわりの違いを感じます。例えば、料理酒を使うか、日本酒を使うかといったことを丁寧に選んでいたり、穀物酢と米酢も場面に寄って使い分けたり。お酢については、給食では穀物酢を使うことが多かったのですが、シェフに出会ったことで使ったことのない米酢も使ってみようということになりました。その方が米の甘みが出るんですよね。もちろんコストや調理過程などとの兼ね合いですが、新しいことを学び、それをまた給食に還元できるのはとてもやりがいを感じます。

全日本・食学会との包括連携協定で始まったスターシェフコラボ。右が中川さん、中央は日本橋ゆかりの野永喜三夫さん。

9.新渡戸での、子どもとの関わりで印象的だった出来事、またそれが印象的だった理由を教えてください。

私自身が新渡戸で働き出して1年目のエピソードで、印象に残っていることがあります。当時、1年生にアレルギーを持ったお子さんがいらっしゃったんですね。給食では、アレルギー対応、除去食や代替食、宗教対応など、個別対応を求められることも少なくありません。美味しいか美味しくないか以前に、リスクにも繋がるので、非常に慎重な対応を求められます。

その1年生は、入学時、とてもアレルギーの多いお子さんでした。特に魚介全般がNGだったので、メインのおかずだけではなく、魚介で取る出汁もNGなわけです。一方、給食は「みんなで食べるからおいしい」という側面もある。できるだけ、そのお子さんが「自分だけまったく違うものを食べている」という風に思わないように、また、周りの子も「なんでこの子だけ違うの?」とならないよう、見た目や素材など工夫して、対応食を考え、提供させていただいていました。アレルギーは、ものによっては成長の過程で消失するものも少なくありません。成長に合わせて、少しずつ食し、慣れ、食べられるようになることもあります。そのお子さんの場合、保護者の方も協力的で、給食においても連携を取りながら、成長する過程で少しずつ特定の食材を食べられるようになっていきました。

そしてそのお子さんが卒業する際。給食室のメンバーに向けて、6年生全員からお手紙をいただいたんです。当然、1年生の頃からアレルギー対応をしてきた、あの子のお手紙も。どんなことが書いてあるかドキドキしながら見たら、こうありました。「給食の時間が本当に、本当に、楽しみでした」と。涙が出るほど嬉しかったですし、感動しました。

普段の給食。色味もとってもきれいです。

10.新渡戸の給食について、今後挑戦してみたいことがあれば教えて下さい。

「食を楽しむ」という行為は、コロナ禍を経て、多くの変化を強いられたと思います。

新渡戸では、例えばコロナ禍以前は、2年生が自分たちで味噌をつくる「味噌授業」という取り組みがありました。6月頃に子どもたち自身が大豆から味噌の元を作って、翌年2月頃にお披露目し、そのお味噌で給食室が豚汁をつくる。余ったお味噌は詰めてあげて、「手前味噌」をおうちの人にもお裾分けします。大豆と麹、塩を手を使って、みんなで混ぜるので、コロナ禍で一旦停止となりましたが、自分でつくるという行為そのものや、時間をかけておいしくなるという「発酵」という学び、自分でつくったものの美味しさ、それを家族にもシェアできるお裾分けの気持ち、味噌づくり1つだけで色々な学びがありました。

味噌を自分でつくる体験、現代ではなかなかできないことですね。

コロナ禍を経て、様々な変化がありましたが、引き続き、食を通じて学べることはたくさんあると思っています。コロナ禍以前にできていたことはもちろん、コロナ禍を経て新しい取り組みとしてもまた、様々なことにチャレンジできたらいいなと思っています。

執筆:染原睦美