学校を閉鎖したいま、わたしたちが悩みながら考えていること
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学校を閉鎖したいま、わたしたちが悩みながら考えていること

新渡戸文化小学校

こんにちは、新渡戸文化小学校で校長補佐をしています遠藤崇之といいます。

先週くらいから、世の中のコロナのニュースの多くが学級閉鎖や学校休業に焦点を当てるようになってきました。

私たちの学校もちょうど昨日から学校全体を休業としました。その過程で、いろいろなことを考え、迷い、たくさんの決断をしてきました。

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いつもなら溢れんばかりの声が聞こえる体育館は、子供たちがいなくてさみしそうです

どれくらいの方に役立つか分からないのですが、こんな時だからこそ、当事者からの情報として、また、私たち自身のためにも書き残しておくことにしました。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

今回の感染拡大で、ご家庭より陽性判定のご連絡を過去2年の中でも最も多く受けています。そんな中で、とても気になっていることがあり、そのことから書き始めてみたいと思います。

それは、親御さんからのお電話で、一番最初に出てくることばが「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」という台詞であることです。

今回の件で一番辛いのは、罹患した本人とその家庭です。大変な立場の人たちがなぜ頭を下げなくていけないのか。この雰囲気は私たち自身や社会全体で作り出してしまっているのではないかと自問自答せざるを得ません。

私たちは、当然ながら、児童には学校で大いに学んでもらいたいと心から思っています。彼ら彼女らがその機会を奪われることこそがこのコロナ禍において最も悲しく、辛いことだと考えています。

児童たちは毎日マスクの着用を強いられ、食事のときは黙食をし、オンライン授業も必死になってこなしているわけです。2年以上も続くこのような状況の中で、たくさんのイベントの延期や中止も経験し、その中で何度児童の涙をみてきたことでしょうか。どうか、謝らないでくださいとお伝えしたいです。

「1つの決断」を迅速に打ち出す大変さ

そのような親御さんからのご連絡を日々受けながら、学校ではいかに早く様々なことを意思決定し、親御さんにお届けするかということに必死に取り組んでいます。

私は校長補佐として学校の運営を担う管理職ですが、その立場からいうと、様々な親御さんの考えがある中、明確な方針を打ち出さなくてはいけない難しさを日々感じています。

学校が通常通り開いている際も不安で学校をお休みされる児童がいる一方、学級閉鎖をした際には基準が厳しすぎるとおっしゃる親御さんもいます。多様な意思が折り重なる状況の中で、公教育を担う小学校として答えのない問いに、日々なんとか答えを出し続けている状態です。

さらにいえば、今回は、決断のスピードが求められる状況です。千差万別の考えがある中で、日々迅速に意思決定をしていかなくてはいけないことが今一番大変なところです。

結論以上に、プロセスを伝えるように

そんな中でも大切にしているのは、意思決定そのものもさることながら、意思決定のプロセスの開示です。具体的には、親御さんにその意思決定を伝える際に、判断の結果のみならず、意思決定に至るまでの思考のプロセスも含めてお伝えするように努めています。

また、親御さんから直接お電話などでもらった質問については、私たちだけの間のものとせず、差し支えない範囲で、広くほかの保護者の方々にも「こういう質問が来たが、私たちはこのように考えています」という風にお伝えするようにしています。

判断をする手前の情報についてもできるだけこまめにお伝えするようにしています。例えば、何かについて判断する場合に、事前に「いつまでに」「何の」判断をします、といったお知らせをするようにしています。そうすることで、こちらがどういう時間軸で物事を考えているかを分かってもらえますし、どのような判断がされるか以前に、いつ判断がなされるのか、といったところまで予見してもらえます。

ただでさえ不安な時期ですので、なるべく頻度高くプロセスも含めてお伝えすることで、少しでも安心してもらえるよう心がけています。

このような状態でも学びの機会を提供し続けるために必要なのが、今や当たり前となったオンライン授業です。オンライン授業は、2年かけて相当ブラッシュアップしてきたものの、現在は学内に陽性者が出たタイミングで迅速にオンライン授業への対応を迫られるため、現場の先生たちにとってはかなり骨が折れるところです。

笑顔を絶やさず画面越しの生徒に語りかける先生たちの姿にはいつも元気をもらっています

一方、オンライン授業を俯瞰的に見ているとオンラインならではの授業作りを必死に考え、日々こなす先生たちの姿に感心することも多く、また「学校で学ぶ」ということについて改めて考えさせられています。

「教室で学ぶ価値」とは何か

まず、授業をみていて感じるプラスの側面としては2つあります。1つは先生たちの工夫です。先生は板書を一方的に見せるといったことを一切やっていません。2年かけて、オンライン授業ならではの「ハック」のようなものをたくさん積み上げてきました。

例えば今朝の朝の会では、1年生はZoomの「絵文字早押し選手権」をしていました。先生が「泣き顔!」といった合図で、児童は泣き顔のアイコンを押す。そして先生が1位から3位を発表する。教室にいたら容易に分かる相手の感情や、伝えたいけど伝わりづらい自分の感情を、絵文字で表現することを子どもたちに教えながら、ゲーム性を取り入れていて、非常に感心しました。

1年生の授業で取り入れられた「絵文字選手権」は大いに盛り上がりを見せていました

また、以前見学した3年生のオンラインの図工の授業では、A4の用紙を皆に用意させ、ある一辺から別の一辺に対して複数の線を引いたものを皆で画面に見せる取り組みをしていました。

完成した紙を皆が画面の前に出し、グリッド表示でみてみると、繋がる線と繋がらない線がある。皆で1つの絵を完成させる喜びを感じられる取り組みだと思いました。どの先生も、オンラインでできる「学び」を積極的に取り入れて授業を進行していることに大変大きな感銘を受けました。

2点目は、子どもたちの姿勢です。具体的には、子どもが先生をたくさん助けていることです。これだけめまぐるしく状況が変わると、当然先生も完璧でい続けることは難しい。ときには、授業の準備が追いつかないまま、授業に挑むこともあります。そんなとき、「先生、大丈夫だよ!」とか「こうやったらいいんじゃない?」という声がけをしたり、先生が考える時間をしっかり待ってあげたりといったことが見受けられるのです。

先生は常に「教える立場」なのではなく、子どもたちそれぞれが「考える機会を与える存在」になれるのがベストと日頃から考えていますが、まさにそれが体現されていると感じています。子供たちもまた「今先生はどんな気持ちかな」「どんなことに困っていて、何をしてあげたらいいかな」ということを考ているのだな、と胸を打たれました。

一方、本来の学びとは何か、というのも今回のオンライン授業を通じて考えることができています。図らずもオンラインで、“ある程度授業が成り立つこと”が証明された今、学校という場所でどんな「学び」が求められているのか。先生が教え、児童が受け取る、だけではない双方向もしくはその矢印さえもあらゆる方向に交わるような価値をクラスの中で考えていかなくてはいけないと感じています。

例えば、教室でグループ分けをしてグループワークをするときのことを考えてみてください。隣のグループの様子が見えて、話し声が聞こえるのが教室です。ディスカッションや、グループワークなど、そうした環境で実施できることこそが「教室」という一つの場所に集まる理由の一つです。誰かの「熱量」みたいなものを感じたり、時には隣の人とコソコソしたり、集まってるからこそできる「学び」とはなにか。改めて考える機会をもらいました。

まだこうした状況が続く中で、日々本当に多くの学校や先生がたくさんの汗や、時には涙を流していると思います。今回筆を執ったのは、こうした学校が決して1つではなく、どこでも同じ悩みを抱えているのだと感じてもらえたならという一心からでした。

そして、まだそんなことを言うのは早いとことは重々承知ですが、1つでも多くの学校や先生たちがこの機会を奇貨と捉え、一日でも早く「学校」や「学び」について、改めて一緒に考えていける日がくるといいなと願ってやみません。

写真:鮫島亜希子(カバー、記事中冒頭から2枚)

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新渡戸文化小学校
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