教育の可能性を信じる仲間と繋がりたい
子どもたちが1学期の終業式を終えた翌々日。がらんどうとなった新渡戸文化小学校の校舎に、ぞろぞろと集まる教育関係者の姿がありました。100名を超える彼らの目的は、新渡戸文化小学校が主催した「Teachers' HUB」。そのイベントの概要を見てみると、次のように書かれています。
新渡戸文化小学校は、なぜこのイベントを開催するに至ったのでしょうか。今日は夏休みに開催した「Teachers' HUB」の軌跡をお届けします。
米国でみた公立校のイベントの熱気
「Teachers' HUB」のきっかけとなったのは、ある1つのイベントでした。「Teachers' HUB」を開催する約1年半前。米国のとある学校の中に、新渡戸文化小学校の4人の先生たちの姿がありました。
学校の名前は、High Tech High。「K-12」と言われる日本における幼児教育から高等教育相当までに対応したカリフォルニア州サンディエゴにある公立校です。PBL(Project-based Learning)を中心としたカリキュラムを特徴とする学校で、ドキュメンタリー映画「Most Likely to Succeed」の舞台になった学校でもあります。この学校で長らく開催されている教育関係者のためのイベント「Deeper Learning Conference(DLC)」に2023年3月、新渡戸の先生たちが参加したのです。
参加者の一人であり、今回の「Teachers' HUB」の中心人物の1人でもあった栢之間倫太郎先生はDLC参加後、「こんなイベントを日本でも開催したい」とすぐに心に決めたと話します。
特に、3つの観点でDLCの意義と面白さを感じたといいます。1つは校舎全体に漂うHigh Tech Highの「プライド」。もう1つは、教育手法ではなく教育の「理念」を皆で共有しようという建付け。最後はその場に流れる「ただただ楽しい」という雰囲気だったといいます。
1つめのHigh Tech Highの「プライド」は、校舎全体、そこに居る生徒たちからひしひしと感じたといいます。「例えば、掲示物一つとっても、メッセージに満ちた掲示で埋め尽くされていて、何も飾られていない壁を探すほうが難しいほど。DLCのアンバサダーとして生徒が参加して、学校説明などもしてくれる。掲示物や生徒の雰囲気全体から、High Tech Highのプライドを感じました」(栢之間先生)。
2つめは、イベントの建付けです。特に国内の教育イベントは、「教育手法」を主軸に置くものが主流。一方、DLCはそうした教育関連イベントとは一線を画していたといいます。「国内のイベントだと、例えば、探究学習や、ICTといったように、学習の手法やツール、といったことに共通項を見出すイベントが少なくありません。一方、DLCはそうではなく、あらゆる手法を実践する人たちがそこにいて、対話する中でお互いの共通言語となる『理念』を探すような感覚を得ました。例えば、僕がたまたま出会って2時間くらい話した先生の専門はモダンクラスルームプロジェクト(現代的な教室設計)でした」(栢之間先生)。
「楽しい」が大前提
栢之間先生にとって、3つめの「楽しさ」は、最も大きな発見だったといいます。DLCは3日間にわたって開催されますが、食事をともにしたり、会が終わったあとも川辺でゆっくりとその日出会った先生と話し続けたりといった会全体の雰囲気がすごく心地よかったといいます。
「オープニングには歌手の方が来て、その歌手の選び方もメッセージ性のある選び方。日本国内の教育イベントで、『ヒューヒューーッッ』と口笛がなることなんてないですよね。一つひとつのセッションにおいても『楽しい』がベースにあり、その上で『何を学んだ?』という感じでした。お国柄といえばそうかもしれませんが、見習う部分は大いにあると感じました」(栢之間先生)。もともと映画やオンラインイベントを通じて、DLCでのプログラムや雰囲気はある程度つかめていたと栢之間先生でしたが、3つめのポイントは「現地に行かなければ絶対にわかりえないことでした」(栢之間先生)。
新渡戸ならできるし、やる必要がある
DLCを実際に体験して、栢之間先生はこの種のイベントを「新渡戸の責任として、できるし、やる必要があると感じた」といいます。一方、帰国して少しずつ月日が流れ、目の前の仕事に集中していく中で、なかなか実行に移すのには時間がかかりました。
そんなある日、一緒にDLCに参加した本村凛先生が声を上げます。「アレ、やりませんか?」と。本村先生は、ちょうど今夏から産休に入ることが決まっていました。「2024年度はクラス担任を持たずに少し余裕もあり、やらなきゃと思い出したのもあって、提案してみました」(本村先生)。
プロを入れない手作りの場
準備期間は約2ヶ月。特にラストスパートとなる6月末から7月頭にかけては、成績処理などで先生たちの忙しさがピークになる時期でもあります。それでも、先生たちは自分たちでこのイベントを作り上げることに楽しささえ感じていたといいます。
セッションごとに色を分けたバンドを用意し、参加する色のバンドを腕につけることで、参加者がどのセッションにエントリーしているかが分かるような仕組み、「名シール(名刺+シール:めいしーる)」と呼ばれる名刺の裏にメモができる紙の用意、校舎にはパネルもたくさん用意しました。新渡戸文化短期大学の学生たちは、この日のイベントのために、新渡戸伝統のパウンドケーキを製作。まさに「全員野球」で作り上げたイベントです。
当然、イベントのプロを入れれば、手間なくきれいな仕上がりのイベントができます。一方、「今回のイベントは、みんなが主役です。登壇者も今回たまたま登壇者なだけ。もっと言えば、登壇している時間だけ、登壇者であって、その後は参加者です。だから、新渡戸の先生も運営しながら参加者となるような、文字通りみんなで創るイベントであることが大事だったのです」(栢之間先生)。
迎えた当日。午後1時〜5時まで実施したイベントは想像以上の熱気に包まれました。オルタナティブスクールやそれを「創る」ということ、私立小学校の運営、探究学習(PBL)、人工知能(AI)など、テーマもスピーカーも様々な合計9つのセッションを実施。それぞれが異なるセッションに参加していおり、終わったあともそこかしこで先生同士が自分の学びをシェアしあい、輪が広がっていく様子があちこちで見られたといいます。
参加者の属性も北は北海道、南は鹿児島から、教員のみならず大学教授や教育系企業の社会人までが参加しました。参加者の多くが興奮冷めやらぬまま会場をあとにし、終了後にSNSで「お祭りみたいだった!」「とにかく楽しかった!」と発信しました。
「出る杭」を称賛する雰囲気に
参加者であり、スピーカーでもあった、HILLOCK初等部の五木田洋平さんは「とにかくあの場が楽しかった。何かの手法ではなく、『より良い教育とは何か』ということをみんな必死に考えたり発信し合えたりする場所になっていたのが、他に類を見ない特徴でした。何より新渡戸の先生たちが頑張っていて、こっちが応援したい、終わったときには慰労したい、という気持ちになる、不思議なパワーを持った会でもありました」と話しました。
そこにいる100人以上の教育関係者が、今後教育業界のハブになってくれることもまた重要な達成指標として置いていました。「今後ハブになっていく人達には、とにかく教育の可能性を信じ続けてほしい。今回のイベントで、出る杭として打たれず、むしろ称賛されるという雰囲気を感じてもらって、それぞれの現場でハブになってほしいと思っていました。そんな雰囲気づくりができたかな、とは思います」(栢之間先生)。
お互いの火を確認できる場所
もうすでに2025年の実行委員会が立ち上がっています。次にやるときは、ボランティアとして参加させてほしいと手を挙げてくれている人もいます。「コンテンツよりも、雰囲気づくりをもっとブラッシュアップしたいです。学校全体の施設を使って、カフェテリアやガーデンでみんなでランチをするといったようなこともしたい。VIVISTOPも使える。今回は小学校が主体になってやりましたが、短大まであるキャンパスだからこその雰囲気づくりをもっとやっていきたいです」(栢之間先生)。
また今回は、新渡戸文化小学校が開催したイベントでしたが、「新渡戸のイベントではなく、もっと開かれたイベントとして続けていきたい」(栢之間先生)といいます。「日本の教育をよりよくしていくのは、声の大きい人の提唱する教育理論でもないし、ましてや1つの学校のやり方でもない。同じ温度の人が集まれるHUBがあること、その人の挑戦する一歩があることで国内のどこにだって火をつけることができるし、そのために『お互いの火を確認できる場』があること自体が大切だと考えています」(栢之間先生)。
先生たちが、先生たち自身で創って、お互いを認め合い、自らを鼓舞するようなイベント。一人じゃないんだと感じられる場所があれば、現場に戻って再び頑張れる先生が増えるはず。そんな取り組みが少しずつここから大きくなっていけば、日本の公教育の温度が1度も2度も上がりそうです。
執筆:染原睦美
撮影:坪谷健太郎